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 上橋市のとある住宅街。
 ひ弱い光が当たり、じんわりと温まる小さなゴミ捨て場。

「な、なによ、あんた?」

 張りのあるくっきりした声を戦かせて、小島三幸は後退した。

 三幸は短い手を重ね合わせ、ピーナッツみたいな口を無為に全開にして息を荒げている。 

ズバリ、三幸は恐怖に囚われていた。何故ならば、眼前に怪異がいるのである。

 その怪異は体型が人間の女だった。

 肌に吸いつくようなラバー素材の丈の短い黒いワンピースを身に纏い、小さな刺が
全体に張り巡らされた硬いブーツを履いている。

 かなりのグラマラスだ。しかし、豊満な身体よりも先に目を引くのは、顔の方である。
 
 そいつは顔が牛の形をしているのである。

「ウシシ」

 顔が牛の女、牛女は艶がかかった悩ましげな声でそう言いながら、長い左腕と先割れした紅色の舌をゆっくりと伸ばす。

 

気持ち悪い。触られたくない。

 

みゆきはバタッともう一歩、牛女から離れた。

 顔色はこげ茶、ごわごわした毛が顔中にびっしりと生え揃い、人間の顔を正面から突き刺しても悠々と飛び出るくらい長々とした二本の角が頭上に生えている。

「若くて美味しそうね、あなた」

 ぐるぐると器用にねじ巻きながら、牛女は先割れした舌を三幸の頬にくっ付ける。

 牛女の舌は生暖かく、べっとりと湿っている。

「いや! いやいやいやぁ!」

 三幸の恐怖と不快感は臨界点に達した。

 

早く逃げないと、こいつに喰われる。

 

背後を確認せず、更に後退しようとするものの、既に三幸は袋小路に追い詰められていた。

「モォ! 手間取らせないでよ」

 たっぷりと余裕を含ませて、牛女は口を開けっ放しまま物を言う。

 普通、口を開けたままで喋っても上手に発音出来ないものだが、牛女の声は明確で聞き取り
易かった。

「あなたは今ここで生まれかわるの、それはとっても素晴らしいことなんだから」

「け、けけ、結構です!」

 三幸は力一杯叫んだ。

 全然、わけがわからない。

 三幸の頭の中はしっちゃかめっちゃかに混乱している。牛女がどんなにわかり易い言葉を使っても三幸には届いていなかった。

 ただし、それは牛女の方も同じである。

「あらあら、若い女の子が遠慮なんかしちゃ駄目よ、もっと図太く、雄雄しくなくちゃね、青春は」

 三幸の嘆願を無視して、牛女はずっとほったらかしにしていた右腕で三幸の額をがっしり
掴んだ。
その次の瞬間、牛女の右腕から青いギザギザの光が迸った。

「ヒッ」

 短い悲鳴の後に三幸の意識は飛んだ。

 だらりと全身から力が抜けた三幸を牛女はそのまま右腕一本で軽々と掴んでいる。

「一丁あがり、これで駒は揃ったかしらね」

 誰かに問いかけるようにしっかり間を置くように牛女が呟く。

 すると、牛女の足元からベールのような透明な光が競り上がってくる。
 
 光は牛女と三幸をすっぽり覆い、しばらくしてから消えた。

 中にいた筈の牛女と三幸も光と共に姿をなくした。

 周囲には他に誰もいない。目撃者も皆無だった。